大人の女の歌はお嫌いですか 

 
ずっと若い時分、湯島の一角に寄宿していたことがある。
 
細い石畳の路地のつきあたり、西陽がまぶしい築二十年程の二階部屋だったが、気に入っていた。日がな一日酒を飲みながらミステリーを読みふけり、夕方になると酒の酔いと西陽とに頬を赤くして、なんとなく窓辺から路地を見ているのが好きだった。
 
好きな音楽といえば、チャーリー・パーカーと中島みゆき。それと近くの稽古場からこぼれる三味の音。ずいぶんと脈絡のない取り合わせだが、当時付き合っていたひとつ年上の女性がやってくるのを、窓辺でぼんやりと待つ僕にはどれもが心地よかったと記憶している。 
 
Baruの音楽を聞いていると、ふとそんなことが思い出された。なにか通ずる風景があるのかもしれない。およそ音楽に縁の薄い僕が、こうして彼女のアルバムに解説とも雑文ともつかぬ一文を寄せているのも、遠い風景に引き寄せられたからだろうか。
 
彼女とはある小さな酒場で出会い、意気投合して今に至る。おせっかいにもこの文章を引き受けたのも、あながち酔った勢いばかりではないのだと思うのだ。